ブログお引越し・・・

★現在、ブログの引越し作業を進めています。下記が新しいアドレスのリンクです。古い記事から一つ一つ順に手作業で移行しているので、時間はかかりますが、普段は検索しづらい古い記事(2005年〜 )が読めますので、ヒマだったら覗いてみてください。

なお、引越し終了次第、ここのリンクの差し替えも行います。



   

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# by gobpapa3 | 2018-08-21 01:24 | Trackback | Comments(0)

★個人的な理由で半年ちょっと更新ありあせんでしたが、そろそろまた書こうかなと言う気持ちになってきました。そんなおり、「夏の甲子園100回大会」とのことで、あちこちのテレビで「甲子園特集」を放送しているのを見まして、「そう言えば自分にも、今もなお記憶に残る夏の甲子園があったな」とブログに書いたことを思い出しました。

「夏の第55回大会」のことです。あの「怪物・江川卓」が最後に出場した甲子園での出来事‥‥。あのとき僕はと言えば、友人4人と伊豆大島の砂の浜海岸でキャンプをしていたのです。

今回は更新の代わりにその記事を「再リンク」することにしました。時間があったら下記のリンクから読んでみてください。

            ↓








  


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# by gobpapa3 | 2018-08-05 11:56 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

c0034136_17473061.jpg★昔からアウトドア用品に興味があり、ちょくちょく検索していたところ、コンパクトな折りたたみ式コンロを見つけました。組み立ててイワタニのガス缶をつければ簡単に使えます。ボンベがコンビニでも買えるので便利かもな、と思って見ていたら、購入者のレビューには「災害用に購入」と言うのがとても多くてビックリでした。

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「なるほど、そう言う時代なのかもな」と思うと同時に、僕も本格登山用コンロを持ってますが、確かにいざと言うとき専用ガスボンベは近所の店では手に入りにくい、と思い至り、自分もひとつ買っておこうと言う気になりました。届いた物は本格的なヤツよりやや重いですが、思いのほかコンパクトで良かったです。着火はワンタッチでライターいらずです。

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コンロを買ったついでに、アウトドア用鍋(クッカー)も購入しました。これは「ドッペルギャンガー」と言うメーカーの「ラーメン、コーヒー、そして俺(クッカー&パーコレーター・ミルセット)」と言う、何とも面倒な名前のモノなんですが、そのネーミング通り、ラーメン調理を主に、ミルで挽いたコーヒー豆をパーコレータに入れて鍋の中で煮出し、レギュラーコーヒーが楽しめると言うのが売りなのです。

ラーメン用にはちょっと底が深過ぎですが、吹きこぼれを防げるのと、カップ麺なら二杯分のお湯が沸かせるなど、いろいろ兼用できると言う点では良いと思います(半分をカップ麺に、残った半分でコーヒーを入れることも可能です)。アルミに特殊なコーティングをしてあるとかで、持った感じは軽いです。

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あとついでに、「ダイソー」でアウトドア用カップとコッフェル二種類、それとスプーンとフォークを買いました。全部ステンレス製で、もちろんそれぞれ100円、消費税込みの合計540円です。

最初は「どうかなあ?」と迷いましたが、意外とよく出来ていますよ。まあ最近の登山ではチタン製が当たり前なので、人気薄のステンレス製は想像以上に安く売れるのかも知れません。スプーン・フォークも折りたたみ式で、組み立てるとガタつきなど無く、立派なモンです。

‥‥とまあ、そんなワケで、アウトドア・クッキング用品一式が、‥‥否!「緊急災害用炊き出し用品一式」が無事そろったと言うことになります。あとはインスタントラーメンとコーヒー豆を備蓄しておくことにしますか‥‥

ただし、何事も無く世の中が進んで行ってくれたらそれが一番なんですがね。もちろん何も無ければ、アウトドア用として楽しく使わせていただきますよ。





 

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# by gobpapa3 | 2018-02-11 20:02 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

年賀状の本当の意味

★今年もまた年賀状の用意をする季節となりました。最近はLINEだのメールだのがあるので、わざわざ紙のハガキに書いて出す、なんて面倒がる人も多いようです。かく言う僕も、友人知人からは、どちらかと言えば「あまり年賀状を出さない人間」として見られているかも知れません。

しかしですね、じつは、自分にはある信念?のようなモノがあって、そうなっているのです。「年賀状とは、遠く離れた友人どうしが、年に一度手紙を出し、互いの消息を確かめ合う」これが、年賀状の始まりなのだそうなのです。僕はこの本来の役割のために年賀状を出したいと思っているのです。

なかなか会う機会も無くなった古い友人同士が、一枚のハガキを頼りに互いの消息を確かめ合い、新しい年の健康を祈る、それが年賀状の本来の役割りなんです。

ところが現状はどうでしょう。いつでも(ひょっとしたら毎日?)顔を会わせる人ばかりが年賀状をやり取りし、遠く離れた人に対しては、「会わなくなってもう三年になるから、そろそろ出さなくてもいいかなあ」などと、フェードアウトで知らんぷり、ってのが実情ではないでしょうか。

へそ曲がりの僕はこれに反発したかったのです。現在進行中の友人知人よりも、むしろ離れて縁遠くなった人にこそ年賀状を出そう!。そんな「年賀状本来の使用法」に則って行動したかったのです。

しかしながら、これはウマく行きませんでした。親しい人からは筆不精だと思われ、縁遠くなった人からは「忘れたころに突如舞い込んだ年賀状」に戸惑ったような返信が届いたり‥‥。そのビックリしたようなコメントを読み、何か迷惑をかけたような心境になって、次からはつい遠慮してしまうのです。

現代社会においては、年賀状本来の姿を復活させることは困難なのだと言うことを思い知らされました。で、結果として僕は、はたから見れば「あまり年賀状を出さない人間」になってしまったのです。

もともと僕は「絵描き」の端くれなのですが、そういう芸術家気質の人間のやることは、なかなか世の中に受け入れられないモノではありますね。僕の場合「物事の原初を大事にする」と言う信念、気質がありまして、それが行動の根本になっていることが多いのです。

この間テレビで、ラグビー日本代表監督として大躍進させた「エディ・ジョーンズ氏」が、大勢のラグビー関係者の前で講義をしている場面に出くわしました。そこに出席していた一人の男が、エディ氏の指導法に対し、「日本人は調和、チームプレイを重んじる。あなたの言う個人技は日本人には合わないのではないか」との質問をしたのです。

するとエディ氏はこう答えました。「ラグビーが生まれた国は日本ではない。日本人のやり方に合わせていては世界では通用しない」と‥‥。「これだ!」と思いましたよ。エディ氏が言っていたのは、「ラグビーの原初の姿を見失うな」ってことなんですよね。

少し話しが逸れましたが、どんなことでも原初の姿から外れると、少しずつ存在の意味を失い、本来の形を保てなくなると言うことなのかも知れません。

年賀状の数が年々減少しているのも同じ理由なのではないでしょうか。確かに、しょせん毎日会ってる人への年末年始の挨拶にすぎない、と考えるなら、わざわざ仰々しく年賀状を書かなくても、LINEやメールの挨拶で充分な気がしますよね。

年賀状が「新しい年の特別な挨拶状」であり続けるには、やはり今一度、もともとの意味、原初の姿を再確認しなければならない、そう思うのです。

‥‥そんなこんなで、僕の「原初の年賀状復活作戦」は、数年間の試みを経てはみたのですが、やはりうまく行きませんでした。ですが、もし賛同してもらえる人がいたら、頻繁に会っている今ではなく、遠く離れあまり会わなくなってから、ぜひ年賀状の開始をお願いしたいものだと思います。


*ひとつ年賀状にまつわるエピソードを紹介しておきましょう。

それは、秋田県で生まれ育った母の話しです。子供時代の恩師とのやり取りでした。母が小学生だったころ(昭和14年ごろ?)、東京から若い女の先生が赴任して来たそうです。母はその先生をとても慕い、毎日のように下宿先へ遊びに行くほどだったそうですが、何年かして、その先生が千葉に転勤することになり、その後は年賀状のやり取りだけになっていたそうです。

やがて戦争が終わって10年ほどが過ぎ、結婚し上京した母は、一度だけ千葉まで会いに行ったようです。とは言え、主婦が家を空け遠出するなど中々できなかった時代、会いたい会いたいとは思いつつも、また年賀状だけの付き合いになって月日が過ぎて行くのでした。

ところがある年のこと。毎年届いていた女先生からの年賀状が突然途絶えてしまったのです。しかも母が先生宛に出した年賀状も「宛先不明」で戻って来てしまいました。

‥‥これは後々分かることなのですが、偶然にも互いの引っ越しが同じ時期に重なってしまったため、新住所を伝えあうことが出来ず、結果的に、そのまま行方知れずになってしまったと言うのです。

東京オリンピックが行われた1964年頃のことですから、一般家庭には電話も無い時代です。今のように郵便物を転居先へ転送するサービスも無かったであろろうと思われます。それでも母は、友人知人のツテを頼れば何とかなるだろうと思っていたようですが、予想に反し、何の手がかりもつかむことが出来ず、そのまま60年以上、年賀状が途切れてしまったままなのです。

ある時期、テレビで頻繁に「尋ね人探し」の番組が放送されたことが有りまして、母から何度か「あの番組に申し込んでくれないか」と頼まれたことが有ったのですが、「まさか冗談でしょ?」とホンキにしたことは有りませんでした。

が、母にしてみれば、そうでもしたくなるほど無念な出来事だったのかも知れません。しかしもう、どうすることも出来ず、行方どころか生きているか否かも難しい年齢となり、もはや母も諦めるしか無いと思っているようです。

そんな姿を見るにつけ、もしかしたら僕たちにも、途切れてしまった年賀状の無念を思う日が来るのかも知れない、と思うようになりました。今は、ともすれば煩わしいとさえ思う年賀状ですが、もしかするとその一枚に、何かで救われる日が来るかも知れないと思ってしまうのです。

今、僕にも数人の、遠く離れてしまった友人からの年賀状が届き続けています。言わば「原初の姿」を維持している貴重な年賀状であるわけです。とりあえず、この数人とのやり取りがいつまで続けられるのか、密かに行く末を見届けてみたいものだと思っています。







 

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# by gobpapa3 | 2017-11-29 15:05 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

お◯さんの呪い?

★今年も夏になりましたので、また一つ「怖い話し(不思議な話し?)」でもしておきましょうか。今回は定番中の定番、「四谷怪談・お岩さん」にまつわるお話しです。

このブログでも何回か書きましたが、僕はかつて四十数年前の中学時代、何人かの友人たちと「心霊研究会」みたいなことをやってました。なのでいわゆるテレビの「心霊特集番組」はまず間違いなく見ていました。これは、そんな中学時代の夏休みの出来事です。

その日の夜、テレビで「納涼・心霊特集(正確なタイトルは覚えてません)」をやると言うので、心霊仲間のひとりが「一緒に見よう」と僕の家を訪れていました。

その時代の心霊番組は今と違って平凡というか古典的というか、「よーく目を凝らしたらそう見えなくもない?」程度の心霊写真がやっとで、あとは定番の怪談話しで締めくくる、なんてのがほとんどでした。その番組でも、怪しげな心霊写真数枚と芸能人が体験した霊現象の話し、そして「四谷怪談」にまつわる祟りの伝説について放送していました。

昔から、映画とか歌舞伎などで演じる時には、出演者は必ず「お岩稲荷」にお参りをして祈願をしないと、急病人が出たり事故で怪我人が続出するなど、お岩さんの祟りに遭うという、あの怖い言い伝えです。そんな芸能界での「祟りの実例」を見ながら、なぜか腹が立って来まして、つい憎々しげに友人に言ってしまったのです。

「お岩さんて、死んでからもう何百年も経ってるんだろ?。なのに未だに成仏できず、関係ない人に祟りまくるって、どうしようも無いヤツだな」(あっ!、今は全然こんなこと思ってませんから。まったく思ってません、‥‥念のため)

僕のその言葉に友人は少し苦笑しただけで、特に感想らしきことは言いませんでした。なので、たぶんその友人には何も起こらなかったと思います。

友人が帰宅したあと僕は風呂に入って汗を流し、そのまま寝ることにしました。その頃は育ち盛り?ですぐ眠くなるたちでした。たぶん10時ごろには寝床に入っていたと思います。・・・そして間も無く異変が起きるのです。

眠気でウトウトし始めたときのことでした。突然「ガラガラガラガラッ!!」という、とてつもなく大きな音で目を覚ましたのです。僕はビックリして跳ね起き、網戸を開けて外の様子をうかがいました。雷だと思ったのです。ですが、外は何事も無い静かな夏の夜でした。「変だな」と思い、もしかしたら暴走族の爆音だったのだろうか?などとも思いまいしたが、何も分からないまま、また布団に入りました。

ところがです。さっきのことも忘れてウトウトすると、またもや「ガラガラガラガラッ!!」という轟音がしたのです。ハッと目を覚まし暗闇の様子をうかがましたが、やはり何も起こっていません。それと二度目の音はまるで「高く積んだ材木が崩れ落ちるような音?」のように思えました。

けっきょくその「幻の轟音」は、何度も何度も続くことになりました。そのたびにムリムリ起こされ、眠りたいのに眠れない不快感でフラフラな感じになって来たのです。

そんなこんなで、何度目のことだったでしょうか。気がつくと時計は真夜中の2時過ぎを指していました。その時刻を見たとき僕は、昨晩見た心霊番組で語られていた「草木も眠る丑三つ時、魑魅魍魎がさまよい歩く時間」という言葉を思い出していたのです。

それとラップ音という心霊用語・・・
「ラップ音とは霊魂が現れる時に起こる生木を裂くような音、破裂音」

「まさか・・」と思いました。「これってラップ音?。これはお岩さんの祟り?。オレが悪口を言ったから?、その恨み?」。そう思ったら急にゾゾゾッと恐怖がつのり、冷や汗が吹き出して来たのです。僕は慌てて部屋の明かりをつけました。もう怖くて眠ることが出来ません。上半身を起こしてラジオを付け、今度は眠らないように気を張っていたのです。

しかしそれも30分くらいが限度で、いつの間にか眠ってしまっていたのです。気がつくとすでに朝になっていました。どうやらあれ以降は何事も起こらなかったようですが、それでも夏の暑さに寝不足の頭はフラフラで、ダメージは十分に受けたように思います。

あの轟音はいったい何だったのか?。寝入りばなの、ただの悪夢のようなモノだったんでしょうか。それともまさかの「お岩さん」の祟りだったんでしょうか。どちらにしろ純朴な?中学生だった僕は、あまりの恐怖に「お岩稲荷」の有るだろう方角に向かって頭を下げ、謝罪の祈りを捧げたのでした。(「寝入りばな轟音現象」が起こったのは、後にも先にもそのとき一度きりなのです)



余談・・・
この話しが何らかの霊現象だとするなら「霊は電波に乗ってやって来た」とでも言うのでしょうか。もとより今日では「霊は電気に乗りやすい」と言うことが研究家の間では当たり前になっていますが。たとえば留守電に有りえない声が残っていたとか、テレビの心霊取材で必ずカメラや照明が壊れるとか、ショコタンの体験では亡き父からパソコンにメールが届いていたなんて事も有ったと聞いています。

その真偽を軽々に語ることは出来ませんが、もし霊魂が、電気系統に影響を起こしやすいとすれば、霊魂が何らかの形で「電子」を操ったと言うことになるのでしょうか。だとするなら霊魂とは、「電子レベル」つまり「素粒子レベル」で存在するエネルギー体の可能性もあり?と言うことになるのかも知れませんな。・・まっ、マッドサイエンスですけど。





  

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# by gobpapa3 | 2017-08-11 16:40 | 心霊研究 | Trackback | Comments(0)

★これは、昨年25年ぶりに優勝した広島カープのお話しです。

2016年7月終了時、二位・巨人に10ゲーム以上の差を広げた広島カープでしたが、8月に入って突如失速、連敗が続き、どんどんゲーム差が縮まって危うい状況となりました。すると巨人ファンがにわかにザワメキ始めたのです。「リメイクドラマの始まりだ!」と・・・

スポーツ・メディアも「1996年のメイクドラマも同じオリンピックの年だった」などと、ゲーム差やチーム状態など、どれだけ酷似しているかを盛んに調べ、流し始めたのです。

もちろんカープファンの僕の心中は穏やかではありませんでしたよ。ハラハラドキドキです。・・でもですね、そう思いながらも反面、「これは一週間の我慢だ。一週間たてば元通りの快進撃が始まるはず」と言う確信めいたものがあったんです。と言うのも、僕には失速が起こった理由がほぼ分かっていたからなのです。

2016年8月3日に行われたヤクルト戦で、空振りしたバレンティン選手のバットが、広島のキャッチャー石原の頭部を直撃、脳震とうを起こして倒れたまま担架で運ばれました。このアクシデントで司令塔・石原を失った広島カープは、正にこの日この瞬間から失速を始めたんです。

現在のプロ野球では、頭部直撃の負傷をした選手は、後遺症が残らぬよう治療及び経過観察のため、「一週間の出場停止」が義務づけられています。つまり僕が「一週間の我慢だ」と言ったは、この出場停止の「一週間」のことだったんです。

この間、代役としてマスクを被ったのは「會澤捕手」でした。カープ期待の若手で、打撃センス・パンチ力が素晴らしく、ファンの間では巨人・阿部のような「打てるキャッチャー」になるのではないか?と密かに期待された選手でした。

しかしそのリードはスポーツニュースで野村克也氏に酷評されます。特に巨人との直接対決で、阿部選手に浴びた逆転の本塁打などは、「何を考えているのか意味がわからん!。ピンチで長打の阿部、アウトコースで逃げまくるしか無いだろ。なんでインコース勝負なのか?!」と、散々でした。

それを聞いた僕は、「やっぱり會澤じゃダメなのかなあ」と、ちょっと辛い気持ちになりましたが、とは言え、これで石原と會澤のリード能力の差はハッキリとしました。4.5ゲーム差まで迫られた窮地を脱するには、會澤には悪いが、やはりキャッチャー石原の復活に期待するしかないのです。「一週間の辛抱だ。そしたらまたカープが息を吹き返す!」

そうして僕の予想した通り「カープ快進撃の再開」は、まさに石原捕手が復帰した一週間後から始まるのです。巨人ファンのみなさんは「あと一息だったのに!。全部あいつ沢村のせいだ!」と怒ったようですが、そうじゃないんです。極端に言えば、石原捕手の離脱と復帰に踊らされたようなもの・・、なので、そんなに沢村投手を責めないで?あげてください。

では、石原捕手とは、そんなに凄いキャッチャーだったんでしょうか。まあ、じつは、カープファンの僕が言うのもナンですが、「特別に肩が強いわけでもなく、堅実ではあるけれど、ごく平凡なパッとしないキャッチャー」と言うイメージが強かったのです。しかも2016年当時で37歳のベテラン。なので、多くのカープファンがそうであるように、そろそろ打撃が魅力の「會澤捕手」に切り替えた方がいいのではないか?と思っていたくらいなのです。

ですが、そのイメージをガラリと変えたのは、解説をしていた達川氏の言葉でした。カープが苦手としていた交流戦を好成績で乗り切ったころ、スポーツニュースで「カープ快進撃の要因は?」と尋ねられた達川氏がこう言ったのです。

「ズバリ、石原!。キャッチャー人生の集大成のような素晴らしいリードをしてます」と・・・

多くの解説者が。黒田だ、新井だ、菊池だと名を挙げる中で、僕が知る限りでは、石原捕手の名前を挙げたのは達川氏一人だけでした。その言葉を裏付けるように、後に沢村賞を獲得するエース、ジョンソン投手も、石原復帰の知らせを聞き、「イシハラが帰って来る!。これでミットめがけて思いっきり投げられる!」と歓喜したそうです。ピッチャーからも絶大な信頼を得ていたという証でしょう。

つまり、僕の脳裏には、達川氏の言葉が強く印象に残っていたわけなんです。で、2016年カープ最大のピンチ「リメイクドラマの危機」に、「まてよ。よく考えたら、この失速は石原の離脱から始まっているよなあ」と気づき、「ならば、一週間後の石原の復帰と共に脱出できるはずだ」と自信を持って予言?することが出来たのです。

同時に気になったのは、達川氏に「キャッチャー人生の集大成」とまで言わせた石原捕手の突然の名リードとは、何がどうなって始まったのか?。無難で平凡だったキャッチャーが、どんな理由で一流の仲間入りを果たしたのか。それがファンとしては何より大きな疑問でした。

その答えもまた、後日、達川氏の発言からもたらされます。25年ぶりのセ・リーグ優勝間近のこと。テレビ中継の解説に招かれた達川氏は、アナウンサーの「黒田投手がカープに与えた一番大きな影響とは何だったのか?」との質問に対し、迷わず「広島投手陣に、ストライクゾーンで勝負するゆうことを教えましたね」と話したのです。

「ストライクゾーンで勝負する」
それは唐突な発言だったのかも知れません。質問したアナウンサーも同席した他の解説者も、ほとんど反応することが出来ないほどで、なぜなら、これまで日本の野球界ではずっと、「ボールゾーンで勝負できる投手、ボール球で打ち取れる投手が一流のピッチャー」と言われて来たからです。

「ボール球で打ち取るのが名投手?」
確かにこのセオリーは、「2ストライクまで滅多にバットを振らない」時代の、古き良き日本野球の考え方と言っていいかも知れません。「追い込まれたバッターが、つい手を出してしまうような微妙なボール球で打ち取る」、これこそが、長くピッチングのお手本となって来た考え方でした。

ですが、アメリカへ渡った黒田投手は、初球からフルスイングするバッターの威圧感に恐怖を抱いたと言います。「日本みたいに、のんびり2ストライクまで待ってはくれないのだ・・」「かと言って、ボール球で逃げていてはカウントを悪くするだけ・・・」


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# by gobpapa3 | 2017-05-18 21:45 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

iPhone7plusに買いかえた

c0034136_14281190.jpg★これまで使い続けて来た「iPhone5」ですが、老眼の進行により、とにかく文字が見えにくくなりまして、ついに画面サイズ5.5インチの「iPhone7plus」にかえることにしたのです。

結果、使い勝手すこぶる良好となりました。非常に見やすいですね。これならメールやLINEだけでなく、電子書籍も楽しめそうです。本は何冊かダウンロード購入していたのですが、iPhone5ではとてもじゃないが読む気になれませんでした。あと、漫画も何とかいけそうですね。

上の写真、右の小さいのは「iPhone5」です。下取り機種交換にすれば多少支払いが安くなるのですが、自転車用のナビには大きさがちょうどいいので、iPhone7plusをルータ代わりにして、デザリングでつないでナビとして使用することにしました。

今年は、iPhone発売10周年記念で、記念モデルが出るのでは?との噂もあるし、使用中だった「iPhone5」も、整備品(中古をオーバーホールして発売した製品)の割にはバッテリー状態がよく、まだ使えそうだったのですが、まあ、この辺が潮時かな?と言うことで、思い切って注文してみました。

それと、アメリカがトランプ大統領になったことでアップル社にも圧力がかけられ、「iPhoneをパーツから何から全部アメリカ国内で作れ!」って言い出したと聞き、もし本当にそうなったら、価格とかどうなるだろ?と、すこしだけ心配になった?ってことも有ります。たぶん価格は大幅に上がるだろうし、性能の安定性も失われるかも知れません。

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まあ、トランプさんの暴君ぶりには、毎日のように世界中の人々が驚かされてますが、いったいこれから先どうなるんでしょう。

‥と思っていたら、「イスラム圏7カ国からの入国を禁止」との大統領令に対し、米国各州の司法長官が違憲であると表明し、ついに裁判所が「一時的に効力を停止」との裁定を下しました。

このニュースを聞いて震えませんでしたか?。僕は震えましたね。さすが自由の国、「腐ってもアメリカ」。僕の好きなベースボールが生まれたその国では、法の番人は決して権力に屈しなかったと言うわけです。その姿を見せつけられ感動すら覚えましたよ。

これにはトランプ大統領、まあ怒ってましたけどね。
「テロからアメリカを守るための大統領令だぞ。どこが悪い!」
ですが、この発言に反感を持った市民からは、「憲法の勝利だ!」との声も上がりました。

「憲法の勝利?」そうなんです。独裁的政治家、権力者の暴走をくい止める最後の砦は、「憲法」だけなんですよ。この言葉を聞いて、改めて「憲法」って大事なんだな、なんて思いました。

それに比べて、ウチ(日本)はヤッちゃいました‥‥ ほとんどの憲法学者が「集団的自衛権は憲法違反である」と断言したのにもかかわらず、「日本を守るための法案の方が重要である!」って、法案を通しちゃいました。

「ナンテコッタ!」って思わなかったですか。「日本の憲法」は「政治権力」に敗北したんです。これは、万が一、日本の政権がトランプ大統領のように暴走を始めた場合、国民はそれを停止させる唯一の術を失ってしまった、その前例を作ってしまったと言うことを意味するのです。

けっきょく日本も、中国政府などとよく似た、アジア圏特有の国の一つに過ぎなかったって事なんです。たとえば政権が独裁性を帯びているとか、三権分立を守れないとか、報道・言論に圧力をかけても何とも思わない、などなど。逆立ちしても「(憧れの??)自由の国アメリカ」にはなれないってことなんですかね。

ただ一人、アベ政権だけは、別の意味でアメリカに近づきつつある感はあります。
「強いアメリカ、偉大なアメリカを取り戻す!」by トランプ大統領。
「美しい日本。ニッポンを取り戻す!」by アベ総理。
アベ総理は「トランプ大統領とは気があう」と語っているそうですね。

まっ、こんなことを言っても、高い支持率を誇るアベ政権はビクともしないでしょうが、僕は、かつて圧倒的人気を誇った「石原慎太郎都知事」にも、不適格者であると見抜いてアンチを掲げ、孤独な戦い?を続けてたんですよ。(ただへそ曲がりだっただけ?)

世間では「石原は行動力がある」「カミナリおやじ的な指導力が魅力」なんて言ってましたが、今のていたらく、どうですか?、あの時、僕が直感した通りの状態になってるでしょ?(こうなる事を知り合いには散々言ってたんですが、覚えてないでしょうな)

これから先、現政権がどうなるか、僕が言った通り「気がついたら後の祭り」となるのか、まあ、見もの?と言えば見ものですが、最低でも「戦争」だけは起こさないでくださいよ。iPhoneで遊んでいるヒマも無くなりますから。







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# by gobpapa3 | 2017-03-06 18:11 | 雑貨買い物列伝 | Trackback | Comments(0)

★こう見えて?私は、すごく子ども好きでして、しかも感情移入が激しい方なので、子供が行方不明になったとか、虐待を受けたとか、そんなニュースを聞くと、他人事なのにいても立ってもいられなくなるタチなのです。

ついこないだも、大分県で2歳の女の子が、ホンのわずかな間に行方不明になったと言う報道がありましたが、「うそだろ‥‥」と落ち込んでいたら、一夜明けて、無事見つかったというニュースがあり、もうホッとして、しみじみ「よかったなあ‥‥」などと、独り言などつぶやいていたのです。

ただ、見つかったのはずいぶん山の中みたいで、「とても2歳の女児が登ったとは思えない。なんでこんな場所まで来てしまったのか不思議です」と、取材に行った人も言っていました。そのレポートを聞きながら、テレビに映し出された風景を見ているうち、いつもの妄想が始まってしまったんですよね。

「あんな所まで行くなんて‥‥。ひょっとしたら山のモノノケの仕業かなあ‥‥?」なんてね。

しかしながらこれには、ただの妄想好きのオッサンのたわ言、とばかりは言えない理由があるのです。と言うのも、ウチの母が幼いころ、たびたび得体の知れないモノが現れては連れて行かれそうになった、みたいな体験を持っていて、ついついその話しを思い出してしまうのです。たとえば、人の姿をしているのに獣のように動くモノだとか、奇妙な身のこなしで行進する提灯行列だとか、そう言った具合です。

母は昭和初期に生まれ、秋田の山深い農村で育ったのですが、正直だけで生きて来たような時代の人ですから、そんな「日本昔話」みたいな話しでもつい信じてみたくなるのです。父と結婚して東京に出て来てからも、「だれそれが怪我をする夢を見た」と言っては電話をし、実際にその通りになっていたとか、近所の奥さんと買い物に行って一緒にUFOを目撃するなど、まあ「プチ超常現象」を体験するタチの人間であることには間違いないのですが‥‥

ただ、母は人並み以上に臆病な性格で、モノノケを見た時でも、いつも好奇心より臆病が勝ってしまい、絶対に後を追いかけて行くことは無かったと言うのです。「あの時もし付いて行ってたら、どうなっていたか分からない」と口癖のように語り、実際にひどい目に有った子供もいたと言う話しも聞かされました。

たとえば沼やコエ溜めに引きずり込まれたり、それこそ行方不明になって村中で大騒ぎになったり。で、ようやく見つかって話しを聞いてみると、意味不明のことばかりを話すので、「キツネかタヌキに化かされたんだべ」ってことで一件落着、てなことがちょくちょく起こっていたと言います。

私は物心ついた頃からそんな話しを聞かされていたので、「そう言うことも有るのだな」と、ごく普通に納得しておりました。なので、今回の大分の女児の場合にも、もしかすると親が目を離したほんのわずかな瞬間に「大人には見えない何か」が現れ、女の子を連れて行ってしまったのではないか?、なんて、自然にそんな風に思えて来るのですよ。

母はそんなでしたが、私の父はどうだったか?と言うと、これがまったく無いわけではないのです。父の生家は母の実家よりもまだ山奥で、小学生だった私は、夏休みにボンネットバスに乗ってデコボコ道の峠を一つ越え二つ越え、ようやくたどり着いた記憶があります(夜は満天のすごい星空でした)。

そんな山の中で、少年だった父は深夜に大きな「鬼火」を見たそうです。父によれば「ドンブリくらいの大きさで、ゴーッゴーッと唸りを上げながら山の中を飛んで行った」らしいです。

似たようなモノが、今野圓輔氏(編)日本怪談集「幽霊篇」(現代教養文庫1969年)に記されています。それによれば、奈良県天理市付近にも、大きくて音を立てながら飛ぶ火の玉の伝説が有るというのです。そちらでは「ゴーッゴーッ」ではなく「ジャンジャン」と聞こえることから「ジャンジャン火」とか、「ホーイホーイ」と呼ぶと現れるとの言い伝えから「ホイホイ火」などと呼ばれていたらしいです。

もっとも現代的に解釈するなら、「球電」ではないか?と考えるのが常識的かも知れません。ただ、球電は落雷の後に起こる「飛び火」のような現象だとは言われていますが、じつは、正体は完全には解明されていないそうです。ましてや父が「鬼火」を見たとき落雷が有ったのかどうか分からないし、また、球電が「唸るような音」を発するモノなのかも分からない。とにかく私には判別の手立てが無いのです。

あと、その夏休みに訪れたとき、祖母から、父の若い頃の奇妙な話しを聞かされたことがあります。当時の山村では飲酒に対しての規範がゆるく、男はだいたい十代後半になるとかなりの量の酒を飲んでいたと言います。父もそれに違わず、18歳前後の頃にはもう仲間と酒を飲んでは夜更かしをしていたらしいです。

そんなある夜(夏ごろだったんでしょうか?)、友人と飲みに行ったきり深夜になっても中々帰って来ないので、さすがの母親(祖母)も心配になり、玄関を出たり入ったりして様子を伺っていたそうです。するとやがて、ぐでんぐでんになった父が帰って来たのですが、何故か手には古びた籠を抱え、その中に木の葉がたくさん詰まっていたと言うのです。

あきれた祖母が、「こんな遅くまで何処さ行ってた?!」と尋ねると、父は酔っ払った口調で、「狸のとこさ行ってた。狸にお呼ばれしてた」と答えたのだそうです。(木の葉の籠は、狸の手土産ってことだったんでしょうか?)

街灯も懐中電灯も無い、星空以外は真っ暗になる山村の夜の出来事です(外出用の明かりは恐らく提灯)。しかも遠い遠い昔のことなので真相はまったく不明です。が、飲み友達と別れたあと、深夜まで帰って来なかった父が、いったい何処をさ迷って何を見て来たのか、いろいろ空想を膨らませると、面白いと言うかちょっと恐ろしいと言うか、そんな不思議な気分になるのです。

父や母のように、もしかすると自分も記憶がハッキリしないだけで、子供のころ何か不可思議なモノを見ていたのかも知れません。特に夏休みの秋田では何かしら有ったんじゃないか?。そう言えば、時折り従姉妹ではない知らない子供と遊んだ記憶もあるが、あれはホントに人間の子だったんだろうか?、‥‥なんて、そんな不気味な空想もしてしまうのです。

かつて日本の田舎はそんな伝説であふれていました。もちろん、子供がかき消すように居なくなる事件も確かに有ったんです。今では事故か事件かと考えるのが普通ですが、かつては「神隠し」などとも呼ばれました。まあ神様が子供をさらうはずが無いので、有るとすれば、やっぱり山に住む「物の怪(モノノケ)」の仕業ということになるんですかね。

そんな「物の怪」「あやかし」から村人や子供を守るために、古くから「道祖神」や「地蔵様」が祀られたものでした。もちろんただ石像を立てればいいと言うものじゃなく、季節ごとに事あるごとに祈り祀らねばなりません。

私は、今回の大分の件では、この土地の住民が、もしかしたら何人かの年寄りが、若い者から煙たがられながらも、大切に祀って来たんじゃないかと思うんです。その功徳のお陰で、モノノケに拐われそうになったあの女児を、道祖神か地蔵様が、結界の効いている場所まで誘い出し助けてくれたんじゃないか、ついついそんな風に思ってしまうんです。

もしかして、女児が見つかったという山の麓の道端に、古びた小さな石像が有りはしないですか。もしそうなら、ぜひ感謝の御参りをして欲しいと思うのです。今度のことは本当に奇跡的と言っていいことなんですから。

‥‥なんて話しをしていると、また変人扱いされそうな気がします。何しろ「除夜の鐘がうるさい。鳴らすな」と言うところまで来てしまった世の中なので。私なんぞ、間違いなく‥‥

まあ、分からない人には、まず分からないでしょうけど‥‥
でもね、あるんですよねえ‥‥




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# by gobpapa3 | 2016-12-13 21:42 | 心霊研究 | Trackback | Comments(0)

c0034136_21220770.jpg★「iPhone7」が発表されまして、ずっとiPhoneだった筆者としては大いに気になるところですが、今回からついに?「イヤホンジャック廃止」と言うことになりました。

ウワサでは聞いていたのですが、ホントに無くなるとは‥‥、さすがAppleですね。どんどんユーザーを置いてきぼりにして行きます。

ところが何と、筆者はそれを見越していたのですよ‥‥、と言うわけでは無いのですが、じつは、すでにもうイヤフォンジャックは使用せず、「Bluetoothレシーバー」に頼りっぱなしなのであります。あんまり便利なので、今は計3個も持って使い分けてます。

なんで3個も?なのかと言うと、これらも充電式なので、電池が切れたらすぐに次のに切り替えられるよう、用意しておくためです。充電するのにやはり数時間かかりますからね。それに、バッテリー交換ができません。バッテリーの寿命がレシーバーの寿命ということになるので、安い内に何個か予備を買っておこうと言うわけです。

3個ともエレコムの製品です。「エレコムわけありショップ」と言って、型落ちやパッケージ崩れを格安で買えるネットショップがあるのですが、そこでたまたま見つけ購入しました。なので、3〜4千円を千円くらいで購入しました。

「最大出力40mW+40mWの高音質ヘッドホンアンプを搭載。ワンタッチ設定のNFCペアリング対応。連続再生9時間の長時間再生、高音質低遅延のaptXコーデック採用モデル」

以上が、その時の宣伝モンクです。これが有ったので、そこそこいい音がするのでは?と思って聴いてみたら、まあまあ、直接ジャックにつなげた時と大差無かったので、良かったと思います。

一番の利点は、当たり前ですが、イヤホンをiPhone本体から離して聴くことが出来ると言うことですね。ケーブルの取り回しが楽になり、行動し易くなるのです。極端な例では、防水ケースにiPhoneを入れ風呂場の壁にかけ、音楽を聴きながら風呂掃除をする、なんて離れ業?ができます。マイクが付いているので突然の電話にも対応可能です。

電車に乗るときでも、ケーブルを短くまとめれば、iPhoneはバッグに入れたまま、レシーバーを胸ポケットに挟めばいいので、ケーブルがブラブラするなんてことも無くなります。特に充電しながらの時など、バッテリーだけバッグの中でつなげばいいので、見た目はもうスッキリしたもんです。

これらの経験が有るので、「イヤホンジャック廃止」と言うAppleの決断は、まあ「アリ」だったのかな?と言う気持ちにはなってます。

ところで、写真のグレーとピンクのは、
「エレコム Bluetoothレシーバー:NFC対応 PHP400 LBT-AVPAR400」
と言うヤツで、左の黒いのが、
「エレコム Bluetoothレシーバー:NFC AAC対応 LBT-PHP150」
と言う製品名です。

黒い方が後継機種らしく、少し値段が高いです。性能的にもBluetoothの電波が届きやすい傾向にあります。さらに性能の良い上級モデルも有りますが、6〜7千円になってしまいます。他のメーカーからも、同様のBluetoothレシーバーは出ているのですが、エレコムのように「高音質コーデック搭載」と言った、音質重視の説明が無いのがちょっと気になると言うか、心配で手が出せない感じはありますね。

イヤホンが二種類写ってますが、一つは「TDK・巻き取り式イヤホン」で、主に電車に乗った時などに使用してます。しまう時がとても簡単だし、長さの調節が出来るのがいいですね。ナローレンジで音質はそれほどでも無いですが、筆者の場合、電車では音楽よりも「ラジオドラマ」や「小説の朗読」なんかを録音して聴くことが多いので、このくらいの音質がむしろいいのです。(「電車の中でラジオドラマを聴く」って、なかなか面白い感覚ですよ)

下に見えているのは、「JVC HA-FXT90 TWIN」と言って、音を発するドライバユニットが、中高音用と低音用の二つ付いているヤツです。「TWIN」とはツインドライバの意味ですね。以前から欲しいと思ってあちこち物色していたら、Amazonのタイムセールで12000円が5000円になっているのを発見、衝動的に買ってしまいました。購入した2012年当時は最先端モデルでしたが、ハイレゾ対応など後継機種がいろいろ出て、いつの間にか「ベーシックモデル」になってしまったようです。

が、音は中々のものですよ。「マドンナ」の重低音アルバム「Ray Of Light 」を、スピーカーと同じようなニュアンスで再生できるのは、自分が所有している中ではこれだけですね。

と言うことで、「Bluetoothレシーバー」については「音が途切れる」などの不満も多く寄せられているようですが、いったんイヤホンジャックを廃止した「Apple社」は、もう後戻りはしないはずなので、ユーザーも、ある意味必死で?後を追っかけて行くしか無いようですね。

(iPhone7では、充電用の接続口「Lightning接続」で聴く方法が有りますが、オーディオ評論家によると、現状ではイヤホンジャックより音が悪いそうです。それと充電しながら音楽を聴くことは出来ません)




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# by gobpapa3 | 2016-10-08 21:36 | 雑貨買い物列伝 | Trackback | Comments(0)

*夏なので、やはり不思議な話しを書いておきましょう。今回は二枚の奇妙な写真のお話しです。(写真はサムネールをクリックすると拡大できます)

これは筆者が所属している草野球チームの集合写真です。2007年の夏にユニフォームをモデルチェンジしたのですが、記念写真を撮らないままでした。で、翌2008年に、たまたま「大田スタジアム」と言う立派な球場での試合に誘ってもらったおり、ここなら申し分無いということで、ようやく記念写真を撮ることになったのです。ところが、家に帰ってパソコンで写真を見てみると、なんか奇妙なモノが写っていたのです。

使用カメラはニコンのデジカメ「COOLPIX-P310」です。写真は並べたままの順序で撮影しました。カメラを三脚に設えて数枚を撮りました。一枚ごとの撮影間隔は約5〜10秒くらいです。その中から比較しやすいように、二枚ずつ並べてみました。

c0034136_13135943.jpg

試合はナイトゲームだったので、これは試合前の夕暮れどきに撮ったものです。スコアボードの時計を見ると時刻は「16:43」になってます。正面からの集合写真ですが、一枚目はごく普通の写真です。が、二枚目では、前列の左から二番目の頭の上付近に「光る玉」が写っているのです。
c0034136_13140823.jpg他にも数枚撮影しましたが「光る玉」が写っていたのはこれだけでした。これもいわゆる「オーブ」と言うヤツなんでしょうか。たった一つだけ、それもクッキリと光っているのが、不思議といえば不思議です。(夕暮れの自然光、及び点灯直後の球場照明で撮影。ストロボは不使用です)
c0034136_13143077.jpg次です。時刻は「18:45」。試合は幸いにも「9対1」で勝利しました。それに気分を良くして、スコアボードをバックに再度記念撮影ということになりました。最初は正面を向いてという話しだったのですが、それじゃ芸が無いということで、背を向けてボードの点数を見つめる、と言うことにしたのです。
c0034136_13142789.jpgすると前の写真ではほとんど何も無かったはずの夜空に、無数のオーブが現れていたのです。前写真からほんの十数秒?の間の変化です。

「オーブとは空気中のホコリや霧雨のような水滴にストロボの光が反射したものに過ぎない」と言われるのですが、この時は、現場の雰囲気重視で、ストロボは焚いておりません。球場の照明だけで撮りました。また、三脚固定なので、画角が変わって光の当たり具合が変化することもありません。

これを撮った直後は「せっかくの記念写真なのに不吉なモノを撮ってしまったなあ」と言う気持ちが強く、メンバーには伏せ、無難な写真だけしか見せていませんでした。

が、その後、然るべき人物に霊視をお願いしたところ、「特に一枚目がとても不可思議な光だが‥‥。奇妙なことに、霊的な影響がほとんど感じられない。ただ浮遊しているだけなので心配は無い」とのことで、一安心したのです。(注*こういう鑑定は大金をムシり取られる怪しげなモノと思われがちですが、この「然るべき人物」は無償で引き受けてくれました)

てなワケで、悪影響無しで安心はしたのですが、そのままずっと忘れていて、こないだ、ちょっとしたキッカケで思い出しまして、今回アップすることにしたのです。‥‥まあ、こう言うことって、「偶然」のように見えて「偶然」では無い、撮影から8年が過ぎてやはり何かの縁が熟した、そんな事を意味することも多いのです。

記事をアップするより前に、LINE上でメンバーに見せたのですが、「近くに臨海斎場があるぞ」と、わざといわく付き?で紹介したところ、「臨海斎場は出来てから新しい。そんなに影響があるか?」という意見が出、やがてもう一人から、「それより、鈴ヶ森刑場跡が近くに有る」と言われました。

なるほど、霊能力が無いので真相のほどはまったく不明ですが、鈴ヶ森刑場では10万とも20万とも言われる数の人々が処刑され(相当数の冤罪あり)、そのまま地面に埋められたり海に流されたりしたというので、「臨海斎場」よりはずっと信ぴょう性有り、と言うことで落ち着いたのでした。


*余談
メンバーの一人が、大井埠頭海浜公園での試合の際、「鈴ヶ森刑場跡」の近くを通ったとき拝んで来たとの話しをしてましたが、元心霊研究家?の筆者としては、そう言う場所での無防備な祈りは出来れば避けた方がよい、とアドバイスしておきます。一回や二回ではどうってこと無いですが、何度も熱心に祈っていると、「この人、オレたちを助けてくれるのかも知れない」と勘違いし、後を付いて来て取り憑かれる恐れがあるからです。

以上、2016夏の夜話しでした。
‥‥信じるか信じないかは、あなた次第です。






   

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# by gobpapa3 | 2016-08-16 15:40 | 心霊研究 | Trackback | Comments(0)

巨人ファンと自民党

*ついこないだ、2016参議院選挙が終わったかと思ったら、今度は東京都知事選挙‥‥、目まぐるしい数週間でしたね。

ところで、今からもう20年くらいも前になるんでしょうか?。これは久米宏さんが「ニュースステーション」をやっていたころの話しです。

確かあれも選挙前だったと思います。ニュースステーションで、各政党の政策・公約などをアンケートで聞くと言うのが有りました。で、その最後の質問が、久米さんの遊び心からなのか、「好きなプロ野球のチームは?」だったのです。

もう知らない人もいると思いますが、ニュースステーションは、始まった当初、金曜日だけ「金曜ステーション」と言って、ニュースネタをベースにした、クイズ有りランキング有りの、久米さん得意のバラエティ番組だったんです。‥‥記憶がおぼろげなんですが、その中のアンケートだったでしょうか?

当時は、自民党と社会党が二大政党と呼ばれていた時代で(もちろん自民が圧倒的勢力)アンケートは主にこの二大政党の、代表的な国会議員十数名?への質問でした。

で、その結果なんですが、

*自民党議員は、なんと全員が例外なく「巨人ファン」でした。
*社会党議員は、一名除く全員が「阪神ファン」でした。

(ちなみに、その一名はヤクルトファンでした)

面白いと思いましたね。やはり気質を表すんでしょうか。常勝球団と言われ、常に最強を求める「巨人」と、その最強を倒すことに生きがいを感じる「阪神」と言う図式は、当時の政治家たちの中にも生きていたと言うわけです。

では、一般の自民党支持者にも巨人ファンが多いのでしょうか?。‥‥じつは、僕の友人で巨人ファンの男が、一緒に酒を飲んだときに、「野球は巨人!、政治は自民党!」と叫びながら酔いつぶれたことが有りまして、「面白い酔い方だなあ」と思いつつ、やっぱりそうなのか?とも思ったものです。

統計で調べたことでは無いので断言は出来ませんが、これらの経験から思うに、どうやら「巨人ファン」と「自民党支持者」とは、多くの部分で重なりあい、リンクしているように思われるのです。

ちなみに僕は広島カープのファンです。‥‥いえ、もともと子供のころは、熱烈な巨人ファンだったのですが、中学1年の途中から、何故か急に広島カープのファンになり、今日に至っておるのです。

カープファンになった一番の理由は、まあ「へそ曲がりな気質」からとしか言いようが有りません。人と同じことをするのが嫌だったんです。色んなチームが有るのに、なぜこんなにも巨人ファンばかりなんだろう?と疑問が湧いてしまったのです。

それと、たまたま聞いた落語で、「こちとら江戸っ子よ。江戸っ子なら巨人を応援しなきゃ」なんて一説があって、巨人ファンとは、つまり「東京出身者」であるはずなのに、現実にはむしろ田舎の方が巨人ファンは多い、これはおかしくないか?と思ったのです。

だったら逆に、東京モンが地方のチームを応援したっていいじゃないか?と僕は考え、「どうせなら一番弱いチームのファンになってやろう。それならカープだ」ってことになったワケなのです。‥‥何となく、二番目に強い阪神で手を打つ、ってのは潔い感じがしなかったのです。(注・当時はセリーグ情報しか入って来なかったのでパリーグは除外)

とは言え、一度思い入れしたチームをすぐに忘れることは出来ないものです。中学の三年間は、広島ファンを公言しながらも、密かに巨人も応援すると言うクロスオーバー期間でした。

そうとは知らず、周囲の巨人ファンは、広島ファンを語り出した僕に対し、いきなり高圧的になりました。特に、カープが「セリーグのお荷物球団」なんて言われてた時代だったので、そのまさかの弱小チーム、広島に負けたりすると翌日はもう大変でした。負け惜しみや八つ当たりで散々な言われ方をしたものです。

最後には、「カープなんか応援してどこが面白いの?。負けてばかりじゃないか。巨人はいつも勝つから気分いいぞ」と笑われました。‥‥確かにカープファンになってみると、敗北敗北の連続で、苦痛の毎日でした。

が、物好きで始めたカープファンでしたが、巨人ファンからの言われなき中傷?を受けているうち、次第にカープへの思いが強くなり、引くに引けない本気のファンなって行ったのです。(若い頃って言い方が残酷なんですよね‥‥)

同時に、あれほど好きだったはずの巨人に対しては、少しずつ憎しみが湧いて来るようになりました。特に僕を嫌な気持ちにさせたのは、巨人軍がドラフトやトレードなどで起こした数々の事件?に対する彼らの言い分でした。

「巨人の勝利は、たくさんの人たちの一日の憂さを晴らし、明日の仕事の糧になってるんだよ。日本経済の発展には大事な球団なんだ。だから巨人がやる事は、多少のムリでも許されるんだ!」と、ごく真面目に、少しキレ気味に言われたものでした。

‥‥これは、何十年も前に聞かされた言葉なんですが、でも、つい最近、ニュアンスのとてもよく似た言葉を聞いた気がしたんです。かの「集団的自衛権」に対する、自民党と支持する人々の発言です。



続きを読む‥‥
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# by gobpapa3 | 2016-08-01 10:51 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

★このごろ、草野球仲間とゲーム後にカレーを食べる機会が増えたのですが、色んな店に入るたび、ずいぶん美味しいカレー屋さんが増えたなあ、と思ってしまいます。

特にインド人やネパール人が調理する、「ナン」を浸して食べる本場のカレーは、かつては、都心まで出なければ有りつけませんでしたが、今では、郊外の商店街でも見かけるようになり、「こんなところでも食べられるようになったのかあ」と、感慨ひとしおです。

思い返してみれば、その昔、もう30年以上前になりますか?、当時、カレー好きなら誰もが知っていた、「ボルツ」と言う、東京で一世を風靡したカレー専門のチェーン店が有りました。ある時期、親会社が撤退したことから店舗数が激減、現在では、味を継承した店がわずかに残っているだけのようですが‥‥

ネット調べでは、どうやら発祥の地は渋谷だったそうで、1970年代に設立され、1980〜90年には全盛期を迎え、都心の色んな街にチェーン店が出店されたそうです。かつて流行した「辛さ◯倍カレー」の元祖のお店でもあります。

それまで有名カレーと言えば「新宿中村屋」のカレーだったでしょうか。今ではすっかりご無沙汰ですが、印象としては「すごく美味しい西欧風カレー」だった気がします。ホームページには「純インド風カレー」と記されてますが、あの時の味のままならば、スパイシーではあるが、やはり本場インド風とは違うと思います。

今や国民食とも言える「カレーライス」ですが、元々は英国から伝わったものだそうです。インドが英国の植民地だったころ、インド料理に魅了されたイギリス人が、母国でも簡単に作れるようにと、インド産の香辛料をブレンドして粉状にし、缶詰にしたのが始まりだそうです。

それが「カレー粉」として日本に伝わり、さらに小麦粉と油を混ぜて固め、「カレー・ルー」として売り出したことで爆発的に広まったらしいのです。つまり、日本人が大好きな「カレーライス」とは、イギリスを経由してきた「西欧風」であって、「インド風」では無いと言うことになります。

と言うことで、「新宿中村屋のカレー」はとても美味しいけれど、やはり西欧風の極上美味しいヤツって感じで、「インド風」とはどこか違う。「いつか本物のインドカレーを食べてみたい」と願っていた僕には、だんだんと飽き足らない味になって行ったのです。そうして、色んなカレー屋さんを食べ歩くようになり、ようやく「これは!」と見つけたのが「ボルツ」だったんです。

今まで味わったことのない独特の風味、食感でした。トロミが少なくサラリとしていて、さまざまなスパイスの風味が香ばしく、刺激的で非常に高級感がありました。そして店の紹介文に「香辛料は南インドから直に取り寄せている」と言う一文を目にした時には、「間違いない。ボルツのカレーは、本場インドの味だ」と言う、確信のようなものが湧き上がって行ったのです。

もちろん「辛さ◯倍」にも惹かれました。インドのカレーはとにかく辛い!と聞いていたので、より辛いカレーをクリアして行くたびに、少しずつ「本場の味に近づいている」そんな思い込みが有ったのです。

大学を卒業し、渋谷の会社に務めるようになってからも、さっそく東急ハンズ近くにボルツを見つけ、通うようになりました。その渋谷の会社とは、今は無き「JCGL」と言う、日本初のCG映像プロダクションだったのですが、仕事の内容上、夜遅くなったり徹夜になったりすることが多く、ボルツはランチと言うより夕食として食べることが多かったように思います。

で、そんなある晩のことでした。やはり仕事が遅くなっため、同じプロジェクトに関わっていた女性を連れ、ボルツで夕食をとることにしたのです。

店に入り、運ばれて来たカレーを食べ始めていると、ふと、二人の女性が入店するのが見えました。一人はお金持ちっぽい小太りのマダム?で、もう一人は、浅黒く目鼻立ちのクッキリとした美女でした。彼女は「サリー」と言うのでしょうか、インドの民族衣装をまとっていました。そして二人は、僕たちのひとつ離れた席に座ったのです。

そのインド美女は日本語も多少分かるのか、マダムの「ここはね、東京で一番美味しいカレー屋さんよ」と話しかけている声が聞こえました。

しかし、間もなく事件は起きるのです‥‥
  
  

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# by gobpapa3 | 2016-06-07 20:26 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)



◎ブレード隊走行ログ

★2016年5月5日。1年ぶりに、恒例の「ブレード隊」インラインスケート走行が行われました。今回はブレード隊の原点である「海岸線ルート」を選択。とは言え、公道はなるべく避けて通りたいので、主に農道や、海岸線のサイクリングロード(太平洋岸自転車道)を滑りました。

c0034136_10462425.jpgただし、隊長:高橋は、年齢による体力の衰えと、足首周りの故障のため、インラインスケートではなく、より消耗の少ないキックスケーター(左写真・もちろん大人用)を使用しています。そのため、カメラは手持ちではなく、スケーターに直接取り付けまして、そのせいで、動画には振動とカラカラと言う車輪のノイズがかなり入っております。

さて、1992年に、初のインラインスケートによる長距離走行「八王子 - 富士吉田・約80km」を行ったときは、国道413号の公道にもかかわらず、すれ違う沿道の人々に歓迎され、励まされ、ついには白バイの警察官にまで、わざわざ拡声器で「ガンバレ!」との応援をいただき、力を得て進んだものですが‥‥

◎ルートラボ「八王子 - 富士吉田」

包容力に満ちたあの時代から二十数年‥‥

ネット社会になってからと言うもの、正義の名の下に、自分たちの意にそぐわない者は、立ち上がることも出来ないほど寄ってたかって潰される、と言う現状を見るにつけ、世代が入れ替わり、「包容力」の意味も通じなくなったかのような世の中で、今になって、あえて一般道を滑るのはどんなもんだろう?、と言う不安も確かに有りました。

ですが、すれ違う農家の方々はみな好意的で、みな会釈してくれたし、笑顔で「楽しそう!」とか「頑張って!」とも声をかけていただきました。‥‥まことにありがたい話しです。農道は公道ではなく私道扱いなので、言わば人んちの庭を滑っているようなもの。なのでもちろん、こちらから頭を下げて通らせていただきましたよ。

いちおう、法律的な解釈を以下に記しておきます。
道路交通法第76条(禁止行為)
「交通のひんぱんな道路において、
球戯をし、ローラー・スケートをし、又はこれらに類する行為をすること」


動画を見てもらえれば分かりますが、「交通のひんぱんな道路」と言う条件には当てはまらず、よって禁止行為には当たらないことになります。むしろ動画は、映像にアクセントをつけるため、数十分のストックの中から、わざと車の写ってる部分をピックアップしたくらいです。条件を考慮せず、「すべての道路はローラースケート禁止」と言ってるのは、いつの間にか間違って伝わってしまった解釈なのです。

またキックスケーターに関しては、ライト・ベル・後方反射板などの、保安部品を取り付けることで自転車と同じような軽車両扱いとなり、「移動手段」として、一般道の走行がある程度?認められるようです。(今回は、自動車の方が、通行禁止のサイクリングロードを堂々と走ってましたからね。要動画参照)

あと蛇足ですが、何故「ブレード隊」なのか?と言うと、隊長・高橋が、1990年にNYから「ローラーブレード・ゼトラ303」を直輸入?したころは、インラインスケートと言う呼び方は日本にはまだ無く、同じ形状の物はだいたい「ローラーブレード」とか、略して「ブレード」とか呼ぶしか無かったのです。

それと、ローラーブレードを履いて滑るヤツを、例の映画にちなんで「ブレードランナー」などとも言っていたので、その流れで、数名で滑るときには「ブレード隊」と呼ぶようになったのです。(「ブレードランナー」と言うスケートのブランドも有りましたな)


*旅の情報
◎飯岡温泉グロリア公式ホ−ムページ
◎民宿・浜ゆう(民宿兼レストラン)
◎食べろぐ「浜ゆう」
◎amazon「oxelo(オクセロ) TOWN 7 SUSPENSION」
◎日本キックスケーター協会ホームページ

GOBLINSブレード隊2016
「飯倉 - いいおかみなと公園」

午前9時22分:総武本線「飯倉駅」を出発。
午後2時39分:「いいおかみなと公園」到着。
走行距離:約26km







  
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# by gobpapa3 | 2016-05-08 17:39 | 自転車&ブレード | Trackback | Comments(0)

c0034136_0181484.jpg★楽天で、期間限定の500ポイントをもらいまして、そのまま期限切れで消えてしまうのも惜しいし、かと言って、ちょっと中途半端な数だし‥‥と考えて、これが有ったのを思い出しました。「科学特捜隊・流星ピンバッジ」。900円なので、ポイントにちょっと足せば、ちょうどいい値段で買えます。

c0034136_0182678.jpg「初代ウルトラマン」に登場する科学特捜隊が胸に付けていて、ドラマの設定では、アンテナを伸ばせば、メンバーどうし無線通信が可能なのです。小学生の目にはとにかくカッコ良く見えて憧れました。厚紙に絵を描いて切り抜き、胸に付けて遊んだりしたのですが、アンテナの伸び縮みだけは再現できず、余計に思いはつのりました。

c0034136_0183758.jpgいま手にしても楽しいですが、あの頃にこれが有ったなら、どんなに嬉しかっただろうかと思います。

‥‥そう言えば、ウルトラマンの最終回は衝撃的でした。中学1年になって、夕方の時間帯に再放送が行われると、ビデオの無いあの時代、どうしても最終回が見たくて、野球部の友人二人と練習をサボって大急ぎで帰宅したものです。そんなことも思い出しました。

c0034136_0184058.jpgバッジの裏はこんな感じになっています。洋服に刺して、生地の裏から止めるようになっています。使い道としては、ネクタイピンにしようかなんて考えています。これまではだいたい、クーパースタウンで購入した「ベースボールバッジ」を刺してましたが、これも中々面白いと思います。(でもやはり左胸に刺さないとダメだろうか?)

c0034136_018438.jpgふと思いついて、「ユザワヤ」で買っておいた100円のケースに入れてみました。小さなアート作品を入れるつもりの箱でしたが、こんな感じで保存するのも中々イケる気がしました。










   

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# by gobpapa3 | 2016-03-28 00:54 | 雑貨買い物列伝 | Trackback | Comments(0)

★訃報です。先日、ミュージシャンの村田和人さんが亡くなったそうです。
◎村田和人オフィシャルブログ

代表曲、マクセルのCMソング「一本の音楽」がヒットしたのは1983年だったようです。もちろん僕もアルバムを買いました。当時所有していた「セリカXX」を海辺で走らせ、この曲をかけると、何とも言えぬ心地よい疾走感を味わえたもんです。とは言え、湘南方面は渋滞するので、主に房総半島でしたが‥‥

当初、曲のタイトルには少し違和感がありました。「一曲の音楽」でもなく「一本の道」でもなく、なぜ「一本の音楽」なんだろう?と言う、あのタイトルの謎です。それが、その後、数年が過ぎてからが少し分かって来たんです。

それは8月の炎天下、インラインスケートで、100km越えの長距離滑走の旅をはじめた時のことでした。真っ直ぐな道が風景の中に消えて行くその消失点を見たときに、「なるほど!」と思ったんです。「確かにこれは ”一本の音楽” だ!」と‥‥

まるでロードムービーのBGMのように、地平線に消えていく道の果てから、音楽が聞こえて来るような気がしたのです。(分かりますかね、この感じ‥‥)

ただし、単純に ”一本のカセットテープ” を ”音楽” と言いかえた、との説もありますが?。それと「一本の道」と思ったのは、荒野の果てしない道を映し出すCM映像のせいだったのかも知れません。
◎「マクセルCM 一本の音楽」YouTubeより

「夏に似合う曲」を好んで歌った、村田さんをはじめとする彼ら「夏男ミュージシャンたち」は、80年代の「リゾート・ブーム」に乗って、ずっとヒットを飛ばし続けるものと思っていました。しかし、やがてバブル崩壊‥‥ 夏は一瞬のうちに終わりを告げるのです。そして次第に、村田さんはメインステージから遠ざかって行った気がします。

そうして先日、思いがけない村田和人氏の訃報を聞いたのです。そのニュース記事に書かれた経歴や、発表したアルバム歴などを読んでみると、あれからずっと、彼は終わらない夏の中で歌い続けていたのだと分かりました。それは信念だったのか、それとも見果てぬ夢だったのか、もはや分かりませんが‥‥

「一本の音楽」の次に好きな曲があります。「Summer Dream」と言います。車を止め、打ち寄せる波を見ながら、砂浜にたたずんで聴くには最高のバラードでした。「一本の音楽」が夏の始まりだとすれば、これは「夏の終わりの曲」と言っていいのかも知れません。


語りつくせぬ夏のできごと いまここに蘇らせ 贈ろう
想いよせる君にだけ 贈ろう

「Summer Dream」より


◎「一本の音楽」YouTubeより
◎「Summer Dream」ニコニコ動画より







  

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# by gobpapa3 | 2016-02-25 12:53 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

ニッポン中国化計画!?

「高市総務大臣が政治的公平性を欠く放送を繰り返した局へ電波の停止を命じる」

数日前、この国会発言で波紋を呼びました。その後、イクメン議員の不倫発覚とか、丸川環境相の被ばく線量根拠無し発言などで、影が薄くなってしまいましたが、これ、僕なんかにしてみれば、まったくもってビックリ仰天発言で、空いた口が塞がらなかったんですぜ。

中国では、政府に不利な放送があると、強制放送停止、いわゆる「ブラックアウト」を行いますが、まあ、これと大差無い発想ですよね。なので、個人的にはこれを「ニッポン中国化計画?」と呼ぶことにしました。

高市さんはかつて、田原総一朗の「朝まで生テレビ」の常連の論客で、キレの有る発言には一目をおいていたのですが、このところの高市さんは何がどうなっちゃたのか、どうにも、何かに取り憑かれたかのような発言・行動が続きます。

まあ、総務大臣なので「総務省の方針」と言うことなのかも知れませんが、それもちょっと信じがたい気がしました。

僕は以前、イラストの仕事で総務省に出入りしたことが有りまして、公報用などのカットの依頼で、デザイン事務所の方と何度か打ち合わせに訪れたのです。その時の総務省で会った人たちは、みんな腰の低いとても感じのいい方ばかりで、過激な発想とは無縁と思えましたが、まあ、どんどんエラくなって、身分が高くなると違っちゃうのかなあ?なんて思った次第です。

総務省でもなければ、アベ総理の発想と言うことになりますが、国会中継を見ていたら、見解を求められたアベ総理は「これはあくまで総務大臣の発言であり、私が答えるべき問題ではない」と、「自分とは無関係」を押し通していましたけどね。

そもそもこれは、ニュース23で「膳場キャスター&岸井アンカー」による、安保法案に対しての偏向報道があった、と言うことが主たる原因の、報復措置と見られています。(この二人は、とうとう降板のようですな)

が、もし「報道の公平性」を主張するなら、まず最初にフジサンケイ・グループの「政権寄り報道」を規制しなければウソだと思うんですよね。それからアベ総理のヨイショ番組を放送した日テレの「ミヤネ屋」とかも。僕らはニガニガしく思いながらも、「これはこれで有っていいだろう」と、広〜い心で容認して来たんです。

むしろ、そういう政権に偏った放送局があるから、バランスを取るために批判的な局も必要になる、それが「報道の公平性」につながるという論理で考えております。これは高校生でも分かるくらい簡単な考え方だと思っています。

一つの番組でバランスを取るのか、一つの局でバランスを取るのか、それとも放送業界全体でバランスを取るのか、それさえも明確でない高市総務大臣の今回の発言は、「逆ギレ強権発動である」と、僕は勝手ながら解釈することにしました。

まあ、でもですね、本気で「電波停止ブラックアウト」をやりたいなら、やってみればいいんじゃないですか。それも選挙前に堂々とね。そうすれば「なんじゃこりゃ!中国政府と同じじゃねえか!」って、国民に政権の正体「ニッポン中国化計画?」がバレバレになり、一気に崩壊を招く恐れ(期待?)さえありますよ。

‥‥なんですが、さすがに問題発言と関係者が気づいたらしく、総務省がかなりトーンダウンした感じで、「これまでの解釈を補充的に説明したものに過ぎない」などとする政府統一見解を示したそうです。(う〜む、残念‥‥??)

まあ、このくらいにしておきましょうか。このブログ記事も「偏向ブログ」として目を付けられると困るので‥‥。と言うのも、ずっと都市伝説だと思っていた「自民党ネット工作員」が、「どうやらホントにいるみたいだ」と思われる、ネット上の工作現場をこの目で目撃したんです。

もし、人気薄のこのブログが突然閲覧停止になっていたり、炎上するようなことがあったら、それは間違い無く彼らの仕業だと思ってください‥‥??


参考コラム(ビデオニュース・ドットコムより)








 


 

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# by gobpapa3 | 2016-02-13 13:32 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

★先日は東京でも雪が降りまして、交通の大混乱が起きました。この様子について「雪が降っただけで大騒ぎする東京都民は学習しろ!青森県民がマジギレ」という記事がありました。

「あのねぇ…東京の人は雪が降っただけで大騒ぎするけど、青森とか東北の人からしたらね、雪は“降る”もんじゃなくて“降り続ける”もんなの!。1日降ったぐらいでギャーギャー騒ぐな!」

「今日ぐらいの雪なんて青森じゃ11月にはフツーに降ってることが多いから、コケたりする人が多くて逆に笑っちゃうわ(笑)。ちゃんと滑り止めのブーツはけよってね」

「もし青森に東京都民が一斉に移住したら冬で絶滅しちゃうでしょ!。熱帯魚じゃないんだからもう少し勉強した方がいいよ。量は変わるけど毎年降ってるんでしょ?。学習したら?」


どうもツイートのコメントのようですが、こんな感じだそうです。気持ちは分かりますが、けっこうカン違いがありますよね。じつは、東京都民の70%は他府県からやって来た人々なんですよ。その内の半分以上は雪国出身の人なわけです。なので青森県民が「マジギレ」した相手は、確率的には東京の人間じゃない可能性が高いってことなんです。(もう少し学習した方がいいよ?)

たとえば、東京の職場や草野球チーム?でもいいですが、10人くらい集まったグループで、試しに一人一人出身地を尋ねてみてください。その割合は、だいたい「東京3・地方7」くらいになるはずです。

ちなみに僕の両親も秋田県の豪雪地帯の出身で、親戚もほとんどが秋田出身者です。でも東京に住み着いて長い年月が過ぎますとね、いつの間にか東京の季節感を学習し身に付けてしまうものなんですよ。で、なまじ「雪国出身」という自負があるので、「このくらいの雪、何でもない」と出かけ、途中で立ち往生してしてしまう事がよく有るんです。(両親は「雪質が全然違うから」と言いわけしてますが‥‥)

それから、雪ではないんですが、別の件でも似たようなカン違いの話しがあります。大阪人は東京に対してものすごくライバル意識があって、事あるごとに「東京の人間は冷たい。ツンとして愛想が無くてキザな感じ」なんて批判するのをよく見かけます。が、あれも、彼らが言う「冷たい人たち」って、たいていは地方出身者のことで、ホントの東京人じゃないんです。

自分の親戚を見ていても分かりますが、地方というのは、近所付き合いや人間関係がとても濃密で、そのあまりの濃密さに疲れ、辟易して東京に出てくる、なんてケースも少なくないのです。そう言う人たちですから、東京ではどうしても希薄な人間関係を好み、ちょっと見、冷たくて無愛想なんて風に感じられるのだと思います。

かつて、お笑い芸人の「ウッチャン・ナンチャン」と「ダウンタウン」が売れ始めたころ、芸能記事に、「東京のウッチャン・ナンチャン VS 大阪のダウンタウン」という、ライバル関係を煽るような見出しが出たことがありました。でもですね、「ウッチャン・ナンチャン」って九州出身なんですよね。なのに、関西や地方から見ると、東京で生活している人間は全部「東京人」になってしまうんです。面白いもんです。

もう一度言いますが、東京の人口の70%は「地方出身者」。東京出身、東京育ちは残りの30%だそうですが、親子三代続いた正真正銘の「江戸っ子」となると、その中の10%くらいで、それ以外は「東京出身だが両親が地方出身者(僕はこの部類です)」と言うことになるわけですね。

なので、東京で流行る言葉やギャル語にも、ちょくちょく方言が紛れ込んでいます。代表的なヤツでは「ウザい。ウザったい」でして、じつは方言が流行語になった一例です。数十年前、まだ誰も「ウザい」を知らないころですが、長野出身の友人が盛んに「ウザい!ウザったい!」と言うので、意味が分からず尋ねたら、「うっとうしい!」という意味の方言だと判明、「地元ではみんな使っている」との話しを聞かされました。(ただし正確な発祥地は不明)

江戸っ子が作るのは、暖かくて人情味豊かな下町文化。それに対し、クールな東京のイメージ、洗練された都会の文化は、むしろ地方から出て来た「田舎者たち」が作りあげたものなんです。

だから、東京って不思議な街なんですよ。





 

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# by gobpapa3 | 2016-01-25 14:03 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

★プレミア12が終わりました。今回のシリーズのハイライトは何と言っても、決勝トーナメントの韓国戦だったでしょう。かつてサッカーW杯の予選では「ドーハの悲劇」なんてのがありましたが、今度のは「ドームの悲劇」とでも言うんでしょうか。

とにかくもう大騒ぎで、「抗議殺到、急浮上する侍J小久保監督の去就問題」なんだそうですよ。「継投策の大失敗」だの「ヘボ監督」だの大変なことになってます。(負けるといつもこうですな)

僕はとにかく、以前のブログ記事でも書いてますが、終わってからあれこれと批判を言わない主義なので、今回の小久保監督の采配に関して何も言うことは有りません。「勝負」とはこう言うものだからです。絶対なんてことは有りません。何が起こるかわからない、だからスポーツは面白いんです。

とは言え、もともとこのブログは、草野球チームのキャプテンのエッセイとして書き始めたものだったので、いちおう?野球ネタとして、せん越ながら書き残しておこうかと思いました。


僕が思うに「小久保監督」とは、多くの人々が大会の主旨もわからず、イマイチ盛り上がりに欠けていた「プレミア12」を、奇跡的な逆転劇などで勝ち進み、テレビの視聴率をウナギ昇りにさせ、売り上げイマイチだった決勝トーナメントの入場券を完売させた、最大の功労者と見るべきだと思っているのです。

でも「85球しか投げてない大谷投手を交代させる致命的なミスを犯してるんだぜ!」と、怒り心頭の人たちも多いようですが、じつは、小久保監督は「球数制限のある試合」を意識した采配、つまりWBCのシミュレーションと言う命題も担っていたわけなのです。当初こそ本人も「プレミア21は球数制限の無いガチ勝負」と言ってましたが、現実には、全ての試合で先発投手が7イニング以上投げることは有りませんでした。

本来、彼に託されたモノとは「WBCの王座奪還」だからなんです。こう言っちゃなんですが、「プレミア12」とは、大義はいろいろと言われてますが、所詮はWBCの裏大会なんです。だからアメリカ代表はマイナーの選手しか集めなかったし、本気だったのは日本と韓国くらいで、そう言う大会での優勝は、残念ながらホントの意味の王座奪還とは言えないわけなのです。

大谷投手は、次回WBCでも中心選手となる公算は高いです。しかしながらその時には、否応なしに球数制限で交代しなければなりません。今回はそんな状況下で勝つにはどうすれば良いか、そのデータ集めでもありました。まあ、データ集めにしては、あまりに悲劇的な最後を迎えることにはなりましたが‥‥

「ドームの悲劇」の要因は、小久保監督の投手起用ミスとか、嶋捕手のリードミスとか言われてますが、初回から試合全体を見ていた印象では、どうも違いますね。あえて言うなら、最大の敗因は「打線の怠慢」です。

僕はつねづね「ノックアウトできないボクサーは、チャンピオンになる資格が無い」と思っていまして、それは野球についても同じです。「相手を、投手・守備・打撃の全てで圧倒しなければダメだ」と思っているのです。この試合、もし大谷投手が完投勝利したとしても、韓国側は「日本には負けていない。大谷に負けたのだ」と言い張るでしょう。それじゃあダメなんです。(オレが一番、侍Jにキビしいかも?)

経過を思い起こすと、日本代表は4回に韓国から3点のリードを得ましたが、最初のタイムリー以外は、韓国の送球エラーで得た点数です。もしエラーが無ければダブルプレーが完成し、1点だけで終わっていた回でした。つまり打線がまったく打ててなかったのです。その後、再三に渡る得点圏のチャンスを作りながら、1本のタイムリーも打てなかった、これが「流れ」という意味の敗因を呼び寄せてしまったのです。

テレビの解説者も何度もそのことに触れてましたよね。で、けっきょくそのシワ寄せは「嫌な流れ」となり、最終回に一気に押し寄せて来るのです。もしあと1点、1点だけ取れていれば、流れは断ち切られ、9回の逆転劇は無かったでしょう(恐らくですけど‥‥)

韓国代表との、予選での試合データを見てみると、投手継投は「大谷 - 則本 - 松井」と、決勝トーナメントと同じです。もっとも、この試合で松井裕樹投手は満塁のピンチを招き、辛くも逃げ切るって形にはなってますが‥‥。あの大ピンチを、松井投手が切り抜けた気迫と実績により、決勝トーナメントにおいても、小久保監督の頭には「韓国に勝つ最も確率の高い投手継投」として用意されていたのかも知れません。

なら、その時と同じように、9回のクローザーは、イニングの最初から松井投手で良かったはずなのですが、8回の則本投手の出来が良すぎました。韓国打線をまったく寄せ付けず、完璧なリリーフを見せました。有るとすれば、この出来すぎたセットアップが、小久保監督の采配を迷わせた可能性が有ります。本来、最後は松井投手を送り出すはずだったのが、予定に反し、則本投手を引っ張り過ぎてしまった?可能性です。

だとすれば、「8回のみの予定」で一旦集中力が切れてしまった則本投手が、再び9回のマウンドに立ち、気持ちを立て直す前に突然打たれ出すことが有っても不思議ではないと思います。あれよと言う間に1点を失い、ノーアウト満塁のピンチを招き、ここで急遽「松井裕樹投手の登板」となるのです。そして押し出し、ついに1点差‥‥

「だとしても何であそこで松井なんだよ?」と言う疑問ですが、本来9回は松井のはずだったので、ブルペンで誰よりも肩が出来上がっていた?、予選でノーアウト満塁の大ピンチを気迫で切り抜けた実績が有る、この二つの理由を考えるとうなづけます。

もし予選の大ピンチで松井投手が失点していたら、もし別の投手が投げていたら、あの場面での登板は無かったでしょう。小久保監督が、良くも悪くも、予選ラウンドで得たデータを頼りに采配していたことは間違いはないと思います。

人間のやることには必ず理由があります。少なくともあの時、小久保監督の頭が真っ白になったわけではないのです。子供のころから、遊ぶヒマも惜しんで続けた野球歴は30年以上?、あれはその数千試合の経験から導き出された、ある意味、究極の選択だったと言ってもいいでしょう。ただ監督としては、それも日本代表の采配としては、確たるデータがまだまだ少な過ぎたのかも知れません。

江川卓氏がつねづね語っている言葉で、「キャッチャーは、自分の組み立て通りに投げれば絶対打たれないと思っている。しかし、ピッチャーはその通りに、完璧に投げられるワケじゃないんです」と言うのがあります。

つまり、あの絶妙なコントロールを誇った江川投手でさえ、「ピッチャーはどこかで必ず投げ損じるものである」と言っているのです。「投げ損じてもなお打ち取れる、そういう采配、組み立てを考えることが大事」と言うのです。

小久保監督同様、批判を浴びている嶋捕手の配球ですが、江川氏の言葉を前提として考えれば、あの絶対絶命の場面、嶋捕手の頭にも彼なりの「完璧な組み立て」は有ったはずです。が、もしそこに「ピッチャーの投げ損じ」という確率を組み込んだなら、当然、リードの仕方は変わったのではないでしょうか。

嶋捕手が、果たしてどっちの考えを取ったのかが気になります。「オレの考えた組み立て通りに投げろ!」と思ったのか、それとも「組み立てよりピッチャーのボールの力を信じよう」と思ったのか‥‥

それは誰にも分かりません。ただ、嶋捕手の数十年に渡る野球経験に裏付けされた、数千試合分の1、数10万球分の1球だったことは確かです。「人間のやることには必ず理由がある」それだけは確かなのです。

あの場面、増井投手から逆転のタイムリーを放ったイ・デホ選手は、試合後のインタビューで語ってます。「パ・リーグでの経験から、フォークボールが来ることは予測していた」。‥‥しかも韓国代表のミーティングで、イ・デホ選手が入念に日本野球のレクチャーをしたとも伝えられています。

もし唯一「ドームの悲劇」を避ける方法が有ったとすれば、パ・リーグの選手を使い過ぎない、という選択が残されていたのかも知れません。






  
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# by gobpapa3 | 2015-11-23 14:52 | GOB-MESSAEGEブログ | Trackback | Comments(0)

c0034136_13295570.jpg★こないだ後ろギア(スプロケット)を交換したら、古いチェーンとのピッチが合わず、ゴリゴリと嫌な感触がするようになったので、チェーンも新しいのに交換することにしました。写真の右は新チェーン(6速〜8速用)。左がチェーン・カッターという「切り離し&接続」の道具です。
◎amazon:SHAMAN CN-HG71 6/7/8S
◎amazon:PWT チェーンカッター BT-15R

c0034136_1330010.jpgまずは古いチェーンを切り離して抜き取ります。チェーンはたくさんの玉?(リンクと言うそうです)で出来てますが、これらはコネクティングピンと言うものでつなげられています。そのピンをチェーン・カッターで押し出して外すわけです。カッターの突起棒をピンに当て、ネジを回すと次第にピンが押し出されて行きます。それなりに力は要りますが、そんなに難しくはありません。

c0034136_1330103.jpgチェーンを外してギアから抜き、新しいチェーンと並べてみます。新品はリンク(玉)が数個余分に付いているので長く見えますが、比較すると、古いチェーンの方が、一個一個のリンクが伸びています。とりあえず、両方のリンクの数を数えて、同じ数のところに印を付けておきます。

c0034136_13301251.jpg新しいチェーンをギアに通し、クランク側と後輪側の両方をトップギアにします。そうしてディレーラー(変速機)に付いている二つの小さなギア「ガイドプーリー」と「テンションプーリー」が縦1列になるように、チェーンの長さを調節して針金などで仮止めします。(だいたいの場合はチェーンに付けた印のあたりになるそうです)

c0034136_13301696.jpg長さが決まったら、いらない部分のリンクを切断します。これも古いチェーンを外したときと同様に、チェーン・カッターでコネクティングピン抜き出します。(ここで切断場所を間違えると大失敗になるので、よくよく注意して確認します)

c0034136_13301927.jpg次に、新しいチェーンの両端の穴に、新しいコネクティングピンを差し込みつなぎ合わせます。写真の突起がコネクティングピンです。実際に使用するものより二倍くらい長くて、真ん中に切れ込みが入ってます。ピンを通し終えたら、この切れ込みに沿って余分なところをペンチで折って長さを調節するのです。

c0034136_13302149.jpgコネクティングピンを押し込むには、先ほどのチェーン・カッターを使用します。よく注意して、ゆっくりネジを回します。やり過ぎてピンを向こう側まで押し出してしまったら大失敗なので、時折り手を止め押し込み具合を見て、他のリンクのピンと同じくらいになっているか確認します。

c0034136_13302345.jpgちょうど良いところまで行ったら、ペンチで余分なピンを切断します。写真のヘコみが見えるのが新しいピンです。出来立ては硬くてキツキツなので、曲げると写真のように元に戻りません。なので、注油などしながら動きがスムーズになるように揉みまくります。ですが、これが何度やってもゆるくならないのです。もしかしたらチェーン交換で一番大変な作業だったかも知れません?

c0034136_1330261.jpg‥‥と言うわけで、チェーン交換が終了、新スプロケットとの相性も良く、変なゴリゴリ感も無くなったのですが、またもや思わぬ不具合が発生したのです。

後輪ギアとチェーンの食いつきが良くなり過ぎたせいなのでしょうか、今度はクランク側の前ギアとチェーンが滑って空回りするようになってしまったのです。これは後輪ギアの時よりも症状がひどく、ほとんど自転車として機能しないくらいになってしまいました。早い話が「走行不能」です‥‥

やはりこう言うものは全体のバランスが重要で、どれか一個交換すればいいと言うものでは無いようです。「これはコンポーネンツ全部交換かもしれないな」と言う不安を感じつつ(予算オーバーとなるからです)、とにかく前ギアが滑っては走れないので、新しいクランクセットを注文することになったと言うわけです。

つづく‥‥?







   
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# by gobpapa3 | 2015-11-03 14:34 | 自転車&ブレード | Trackback | Comments(0)

★愛用の自転車「ラレー」なんですが、このところ力をいれて漕ぐと、チェーンがギアから外れてガリガリっと空回りするようになりまして、調べてみたら後輪のギアの歯が摩耗して丸くなっていたんです。これでチェーンが滑っていたんですね。チェーンも指で引っ張った感じではユルユルで、だいぶ伸びているようです。

考えてみたら2005年に購入したので、もう10年。本当はもっと早く交換した方が良かったのですが、ついつい先延ばしになっていました。先延ばしになった理由には、店に頼むと高くつくし、自分でやるには技術を勉強しないとダメだしで、面倒だったんですね。

c0034136_2032871.jpgとは言え、昔のようにノウハウ本を買わずとも、今はネットで調べられるので、検索してみたら、やり方と工具の説明がたくさん見つかりました。難易度的にはそれほどでもなさそうだったので、Amazonで(写真右から)「交換用カセット・スプロケット(後輪ギア)」と「スプロケット固定工具」「ロックリング締め付け工具」を購入。さっそくやってみることにしました。
◎Amazon:SHIMANOスプロケット CS-HG41 8S 11-32T
◎Amazon:スプロケット 取り付け/取り外しセット

c0034136_2033971.jpgまずタイヤを外しました。古いスプロケットの写真です。ちょっと目には分かりませんが、歯の先端が摩耗で丸くなっています。このためにチェーンが滑って空回りしていたのです。中心部に溝のある輪っかが見えますが、これが「ロックリング」と呼ばれるもので、この溝に工具を合わせて差し込み、ネジを緩めるわけです。

c0034136_2034795.jpg二つの工具はこのように当てて使用します。ロックリングのネジを緩めようと、レンチを左に回すと空回りしてしまうので、短いチェーンが付いた工具でギアの回転を止めるのです。これまで、タイヤの交換、ホイールの振れ取り、ハブのベアリング当たり出しなどは、何度も経験してコツをつかんでいますが、スプロケット交換は初体験なので、けっこう緊張します。

c0034136_204866.jpgが、「せいの!」と力を入れたら、あっけなく外れました。外すと写真のようになります。車輪の下に置いてある黒いのが、外したスプロケットとロックリングです。で、スプロケットがハマっていた芯のことを「フリーハブボデイ」と呼ぶそうなのですが、これの汚れと古い油をふき取り、新しいグリスを塗ります。フリーハブボデイにも複数の溝があり、これにそってスプロケットをはめ込むわけです。

c0034136_204117.jpg新しいスプロケットをはめ、その上にロックリングをあて、外す時とは逆に締めて固定します。締める時ギアの空回りは無いので、普通にネジを回す要領です。古いヤツもそうですが、このタイプのスプロケットは8速目のギアを除く、7枚のギアが一体化していてバラバラにすることはできません。なので「カセット・スプロケット」と言うのでしょう。

c0034136_2042081.jpg今回のスプロケットは「SHIMANO(シマノ) CS-HG41 8S 11-32T」という型番です。古いヤツが「11-30T(数字は歯の数です)」なので、少しギア比が高めになってます。体感的には上り坂でやや楽になるのかな?って感じです。古いのとまったく同じでは新鮮味が無いだろうと、少し変化させてみました。それと新しいヤツはメッキされていて、見た目にもキレイです。

c0034136_204251.jpg交換終了して、さっそく試走してみたのですが、古く伸びてしまったチェーンとピッチが合わないようで、漕いでいてゴリゴリする不快な感触が足に伝わります。少しの間なら大丈夫かなと思っていたのですが、やっぱりチェーンも新しくする必要が有りそうです。ということで、後日、早いうちにネットで検索し、部品と工具の発注、そして、ノウハウの予習をしておかなくてはならないようです。

注意:これを読んで「自分でやってみよう」と思った人は以下を注意してください。
いろんなサイトを検索した結果、「スプロケットのメーカー、ギアの枚数、グレードを合わせる」をチェックしてパーツを選ぶように、とのことです。







 
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# by gobpapa3 | 2015-10-18 21:32 | 自転車&ブレード | Trackback | Comments(0)